2009年12月 1日 (火)

山のお店

今日から師走

嗚呼、今年も残り一ヶ月を切ってしまいますた。

12月になっちゃえば、あれよあれよという間に年末となり、新年を向かえちゃう。年々日々が早くなりまする。

ところで、先月のハナシになるけど、11月は別名長月といふ。今年の11月は予定が目白押しでなんだか早かったような、長かったような・・・。クルマのアクシデントもあったし。

11月は一年のうちでも、もっともさびしい月ともいえる。日暮れはどんどん早くなり、寒さは増し、カラダが寒さに追いつかず、木々の葉が落ち、枯れ葉が舞い、これから、厳しい冬が来るのだなぁと気分も落ちてゆく一方・・・。

そんな、さみしいような月なのに、店主が名づけたクラフトショップは「十一月」という。

11月というマイナス思考に陥りがちな月を敢えて店名にしてしまうOさんは、なんてポジティブなんだろう、と、てんこちゃんはいつも思っていた。

てんこちゃんは、家から近いこともあり、毎月のオープンdayはほぼ行っていた。行くと元気になれるから。Oさんとも顔なじみとなり親しくなった。

てんこちゃんは、なじみの店とか、お店のヒトとお友達関係になることは滅多に無い。

それに、大人になるにつれ、仲良しになるお友達もなかなか出会えないものだ。

けれども、十一月に行くと、毎回Oさんが笑顔で迎えてくれるし、毎月趣向の違う器や漆器、ガラス器、布製品が目を楽しませ、ホンとなら遠くまで足を伸ばさないと買えないパン屋さんの美味しいパンが買え、ゆったりとした音楽が流れ、美味しいコーヒーを入れてくれて、ゆっくりくつろいでも、嫌な顔をされず、まったりと過ごせるお店。

最初はてんこちゃんも戸惑った。普通、お店に入ると多少緊張感が伴う。何か、買わないといけないんじゃないかと思い、店員さんの目がすごく気になる。ところが、十一月はそんなお店と正反対。

だから、遠くから来るお客さんやリピーターさんが多く人気があるのだと思う。

一昨年、昨年と岩井沢邸で行った十一月展では、お客さんが多く訪れ、盛況だった。

今年はお店で6日間、日替わりで個展やワークショップを行い、たくさんの人で賑わった。

てんこちゃんは、二人の作家さんの個展に行き、たくさんの人であふれた店内でも作品を見て楽しんだ。

今年最後のオープンという日、当日のブログを見ていなかったので、気付かなかったけど、15時閉店だったのですね。というのに、てんこちゃんは15時過ぎに遊びに行ってしまった。

今年最後のオープンだから。来年の4月まで、もう来れない。お楽しみが来年までなくなっちゃうなぁ。やっぱり、最後は心ゆくまで、まったりと過ごしたいなぁ。という気持ちでおりました。お店に行ったら先客がいた。tuk-tukさんだった。

てんこちゃんは、いつものように、センスよくディスプレイされたクラフトをのんびり見てまわった。

tuk-tukさんも帰り、てんこちゃんとOさんだけになった。Oさんにコーヒーをごちそうになり、世間話をしていた。

そのうち、Oさんから、衝撃の告白が・・・。

この店を閉めて、新しい事を始めようと思っていることを。

聞いたら、Oさんがこれから始めようとしていることは、これまでとは全く違った生き方だった。

てんこちゃんは、Oさんの人柄といい、クラフトの目利きといい、お店のセンスの良さといい、なんとも、もったいないとつくづく思った。これまで培ってきた作家さんたちとのつながりだったり、お客さんたちのつながりも。きっとお客さんもOさんの人柄に惚れ込んで遠くから来ていると思うのだ。

しかし、Oさんが選んだ道も応援したい。きっと決断するまでには、とっても悩んだと思う。

11月30日は十一月としても最後の日だった。

てんこちゃんは、とっても名残惜しくてしようがなかったので、Oさんが作った小さなバッグを買った。十一月の最後のお客さんとしては不相応で、申し訳ないような気がしたけど。

Oさんが作ったバッグ、大切に使いたいと思っている

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2009年7月29日 (水)

乳癌

歌手の川村カオリさんが、乳癌で亡くなった。享年38歳。

てんこちゃんより若い方が亡くなるなんて、なんともいえない。

てんこちゃんも、川村カオリさんのCD持っているし、「ZOO」や「翼をください」などボーイッシュな声が好きで聞いてきた。乳癌の闘病生活を送っていたなんて、ちっとも知らなかった。だから、突然の訃報だ。

このところ、てんこちゃんの知っている人で乳癌が見つかったりして、乳癌が身近な病気になっている。

てんこちゃんも、てん息が2歳の時に、職場の乳癌検診で異常ありと診断されて、マーモグラフィーで、再検査した。そこでガンらしき影が写っていて、病理検査することになった。レントゲン撮って組織を切り取って癌かどうか検査した。悪性だったら、範囲が広いから全摘と言われた。その間1ヶ月位かかったが、病院の待合室で待っていると、乳癌と思われる患者さんたちが一様に待っていて、そのピリピリ感が伝わってきて、こっちまで気が滅入った。

幸い、てんこちゃんは病理検査までして、癌は見つからなくて、ただの乳腺炎と診断されホっとしたことを覚えている。

でも、その一ヶ月間は、本当に長くて、悪いほうにばかり考えてしまって、ドキドキしながら暮らした。

そんな、経験をしてるので、本当に乳癌と診断されていたら、精神的に参ってしまっていたにちがいない。

川村カオリさんの闘病の様子をテレビで特集していたが、果敢に癌に立ち向かっていたのだと思う。

川村カオリさんのご冥福を心からお祈り致します。

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2008年2月 6日 (水)

↓↓↓

本日のタイトルは落ちている様子デス。

中学校の説明会の案内が来たり、歓迎会の案内が来て、だんだん、卒業するんだなぁという実感がわきつつあるこの頃。

小学校生活が終わるさびしさがありつつ、中学に入学する不安と期待感が高まる。

しかーし、中学の歓迎会の御案内と共に、親の役員の御案内もやってきた。必ず、何かはやらなければならない様子。

入学もしてないのにかよー。

人数少ないから仕方無いといいつつ、もう?!!と気が重くなってきた。

来週はPTAの大会で、てんこちゃんは子供会の活動報告を発表しなければならない。役員だからだ!!

準備していた写真も紛失し、原稿も書かなけりゃならないつーに、全く出来てなくて困っているのに・・・。

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2007年5月17日 (木)

言わずにはいられない

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定例の「えほんのへや」の日。メンバーと会った瞬間出た話題は、福島県での高三生の事件だった。

てん息はほとんど、ニュースを見ない。朝は特に行動がノロくなるのでテレビはつけないでラジオオンリー。しかし、画面スミっこに出る天気予報だけはチェックするので、テレビをちょとだけ付け天気をチェックする。その時に事件を知ったかもしれない。メンバーの子は子供にテレビ見せていいか、一瞬悩んだという。

ワイドショーもこのニュースだったので、思わず見ずにはいられない。

ナゼ?ナゼ?

「どうしてこんなことをしたのか教えてちょーだい!!。」少年の口からホントの訳を知りたい。

でなければ、脳になんらかの異常が有るとか、精神的な病気が引き金だったとか、医学的な治療が必要だったのか・・・

と、口々に話題になった。

本日の話題はこの件で持ちきりになり、なかなかプログラムが決まらない。

特に、てんこちゃんともうひとりEちゃんの子供は性格がよく似ている。てん息は成績は親が言うのもなんだが、まあヨイし、運動神経もヨイ。しかし社会性が乏しい。ひとりっこで我が道を行くタイプ。皆と同じ行動が出来ない点で親としては不安材料。

てんこちゃんはてん息が普段の生活では支障が無いがちょっと脳に異常があるのでは、と疑ったことがあるが、Eちゃんも自分の子をそう思ったことがあるという。

Eちゃんの子と行動パターンが似ているのだ。

Eちゃんは、「ほんっとにイヤなことがあったら、もうオカアサン殺してもいい。よその人を傷つけるくらいなら。」と言ったという。

まだ、感情が爆発したほうがよい。

この事件で家族が崩壊してしまったでしょう。なんともやりきれない事件だ。

少年は幼少期から自然に囲まれた場所で虫取りをして遊んだ。成績よし。スポーツ万能。大家族。教育熱心なおかあさん。保育士をしているというから、一般の人よりも子供の心理にも詳しいだろう。性格も明るくて温和だと評判はヨイ。3人兄弟で社会経験もしているはずだ。読書もしている。

気になるのはおとうさんの陰があまり見えてこないが、これから、父親はどういう存在であったか明らかになって欲しい。

とは言っても、てんこちゃんの周りで話題になるのは、子どもが数人いて、育児慣れしてきたとはいえ、長男の行く末が一番心配だという。

てん息の学校は小規模校なので、これから、大人数の中学校でやっていけるか心配だ。そうして、街の高校に入り、またまた集団生活に溶け込めるか心配だ。

この少年の環境に似ているのだ。

我が子であっても、全部心の中をさらけだすことはないし、思春期に入りつつあるので、益々わかりにくくなっている。

ガミガミ鬼の形相で叱って、結局自分のストレスのハケグチにしてる面もある。親が親だけに心配材料がありすぎ。

と、メンバーは皆この事件によっていろいろ考えさせられたようだ。

てんこちゃん達は読み聞かせボランティアをしていて、本の楽しみを知って欲しいというのが一番の目標にあるが、読書を通じて考える力も養って欲しいこともあり活動している。

読書によって想像力をつけ、人の心の痛みもわかる人間になって欲しい、と思うのだが、少年の心は未成熟だったのだろうか。

よく言われる心の闇。人間なら誰もが持っている闇の部分。心のケア・・・も、よく言われる。簡単にケアというがケアしたから直りましたという単純な思考なら、このような事件も起こらないと思う。

だからこそ、どうしてこんなことしたのか知りたい。

神戸の事件も結局のところ真相は定かでない。

又、小学6年生女子の事件も真相はどうであったか。

全く知らされない。

夜のニュースでは、益々猟奇的ともいえる行動を報道していた。感情の乱れもなく、冷静に行動している・・・。

更生出来る罪と、罪を犯したと過ちを自覚しているのか、更生可能なのか、この少年の心の中はどうなってるのであるか。

ナゾだらけ。

オ-ラのイズミのエハラさんは、芸能人のお部屋によく出没するらしいが、この少年がいかようにしてそうなってしまったのか、ワカラナイものでしょうか。(ちょっと違うか。)

大人なら、財産目当てとか、男女の恋愛感情のもつれとか、嫉妬、ねたみなどなど、動機はいくらでも思いつく。

10代の子たちは、体も心も不安定な時期であるし、いろんな影響を受けやすい年齢だ。精神年齢、体の成熟度の個人差も大きい。だからこそ、その年齢の子供たちに接する大人は、立派じゃなければいけない!!とはいわないが、子どもたちに寄り添ったり、遠くからでも見守ることも必要かもしれない。と、てんこちゃんも教育の専門家ではないが、ちょっとだけトシをとっている分、考え直した。

こちらでは、報道されなかったが、小学4年生男子がアダルトビデオを見て、同じことをしてみたい、と同じクラスの女の子を暴行したという。加害児童の保護者の対応もあんまりだし、学校側も被害女児に対する配慮が全く欠けている。学校関係者の人格も疑ってしまう。

大人のひとりひとりがちゃんと考えていかないと・・・都会も田舎も関係なくいろんなゆがみが起こっているのかなぁ・・・。

田舎に住んでいると、お花が咲いてキレイだとか、鳥がうるさいくらいに鳴いているとか、今日の夜は星がよく見えるとか、そんなことでもココロが揺り動かされる。

おじいさん、おばあさん、残された弟二人の心中を察するに心が痛みます。

おかあさまのご冥福をお祈りいたします。

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2007年4月30日 (月)

器の大きさ

てんこちゃんのバカっぷり丸出しのブログをいつも御ひいきにして下さってありがとうございます。

このようなブログを公開出来るようになったのもネットが普及したおかげであり、てんこちゃんのようなオバカものでも表現の自由が平等に出来るというのもありがたい訳でありますのだが、こんなオバカてんこがブログなぞしていてよいのか?!!!と自己嫌悪になってしまうこともたまーに有るわけなのですのだ。

なぜにこんなに後ろ向きな文章になっているかというと、とある人が盛岡市内で絵の個展をしている。という新聞記事を発見したからだ。

てんこちゃんと同級生のその人は北大出身、米国大学で造園学を学んだ後画家に転向した。いまではアメリカに活動拠点を移し、画家の活動のほか女性受刑者に絵の指導などもしているという、御活躍ぶりを知ったから。

すごーく頭の良い人で学校でも常にトップだった。成績が良い人に太刀打ち出来るとは思わないが、画家という芸術家として活躍してる人になっているとは思わなかった。

てんこちゃんが知っている限り、同級生で常に成績のヨイ人は一部上場企業に就職、医師、大学教授、弁護士など、それなりに社会的地位の高い職業についた人が多いみたいだ。その方は生徒会などエリートのようなお仕事を受け持つタイプ。

それまで合唱コンクールでピアノの伴奏をしたりしたことはあっても、絵は突出して上手いという印象がない。よく画家になっている人の幼少時代の系譜では、子供の頃から暇さえあれば絵を描いていたとか、○歳で絵画展入賞などいう人が多い。

なので、いきなり(かどうか知らないケド)画家に転向して画家になれちゃうってところもすごいと思う。又、自分で画家デス。って言えるところもスゴイとてんこちゃんは思ってしまうのだ。

てんこちゃんは、たまに、何してるんですか?と肩書きを聞かれると、「農業」なんて答える時もあるが、実際してるわけではないし、「専業主婦」です。というのも実際主婦してないし、「家事手伝い」なんて家事しないし・・・「子育て中です」なんてちゃんと子育てしてないから言えないし・・・で、「無職です。」と胸を張って答えられないけどそう言うしかないのであーる。または今風に「ニートです。」と言ったらヒンシュクであろうか。

肩書きなんてどーでもヨイのだが。時々、そんなことを聞かれるとうーむ・・・とちらっと考える。

てんこちゃんの器なんて、おチョコ位のもの。人それぞれ器の大きさが違い、だからこそ、社会は成り立っているわけであるが、時々、オチョコ位の器もない自分に嫌気が差す。それは、よそと比較するからこそ余計にそう思うのであるから、ちっちゃな器でもアジがあればヨロシイ。と思うしかないですのだ。(ナグサミ)

「みんな違ってみんないい・・・」というみすずさんの詩を思い出したが、やっぱりダメだ。こんな時に限ってうーむ。

自己顕示欲があるからイケナイのですね。

こんなオバカなヒトでもブログ出来るものなのネ!!とてんこちゃん流に、これからもあーだこーだ、言いますよぉ!!。継続はちからナリー。

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2007年4月15日 (日)

かなしい出来事

先日、おんばさんから、親戚のお見舞いをおおせつかり、てんこちゃんは某県立病院に行った。たまたま、お義姉さんが腸炎を起こし同じ病院に1週間ほど入院していた。お義姉さんはすぐに復活し退院したので、お部屋の番号を聞いたら、まだ容態が落ち着いてないようだから、1週間後位ならいいんじゃないかというハナシだった。

てん夫より年上だがいとこにあたる。てんこちゃんはハッキリ言ってアカの他人である。そんな人が体が弱っている病人のお見舞いに行ったら返って気を使わせてしまう。ある程度元気になった頃を見計らって行くことにした。

そろそろ快復してきた頃かなと思い、お見舞いに行ったら、おじちゃん(病人の父親)が出て来て病状を説明してくれたが、容態があんまりよくない様子だ。てんこちゃんが病院に行った2日後に亡くなってしまった。

まだまだ、若くて病気にはなっても元気になると思っていたのでショック。

 これまで、てんこちゃんが嫁に来てから、親戚付き合いで嫌な気分になったことがない。大概、親戚の中に一人や二人へんくつなおんちゃまがいて、冠婚葬祭などで一騒ぎなんてザラにある。一騒ぎなくてもあーだこーだ言う、ウルサイ親戚がいるものだ。(実際てんこちゃんの実家のほうではいる)

てん夫も仕事があるので、代役でてんこちゃんが冠婚葬祭(主に葬関係)で行く機会が多い。

都会では、仏事はお通夜から告別式、法事、初七日は行うとして1周忌や3回忌、7回忌はまとめてやってしまうという傾向のようだし、今は葬祭センターがあちこちに出来て全ておまかせコース。家でお葬式を行う必要もなくなった。

おうちや宗派によっても違うと思うが、てんこちゃんのおうちの場合、おんずさんが亡くなった時は、葬儀、法事もおうちで行った。初七日から49日まで法要も毎週きっちりお寺とお墓参りを行い100日法要も盛大に行い1周忌も盛大に行い、今年は3回忌なのでまたまた盛大に行う予定だ。(家の掃除を今から念入りに行わなければならないなぁ・・・)

簡素に行いましょうという呼びかけはあっても実際執り行うとなると盛大に行う慣わしである。なので、人手がいる。てんこちゃんもよそで法事がある時はよくお手伝いに駆り出される。でもそれはアタリマエ。お互い様。結いの精神がまだこの地方では残っている。“結い”という言葉は盛岡生まれの核家族に育ったてんこちゃんには馴染みが無い。最近テレビで“結い“という言葉を聞いた。農村地帯では、互いに助け合うのが当たり前なのだ。

でもって、亡くなったおじちゃんもおんずさんの葬儀の時、いろいろお手伝いしてくれた。普段はあんまりお付き合いが無いけど、なにかと手伝ってくれたので、御礼を言うと「これも結いだから。」と言っていた。

おんばさんも若い頃、開拓でこの地にはいった時、てん夫もおなかにいたり農作業もままならない時、このおじちゃん(当時ははてん息位の年齢)が手伝ってくれた、と、とても残念でしょうがない様子で語っていた。

もう、これはおじちゃんの代ではなく子供、孫の代でお返ししなくていけない。

おんばさんとてん夫が御通夜に行ったが、ホントに御通夜のようだった。とアタリマエの事を言っていた。

しかし、うちのおんずさんの時や本家のおんずさんが亡くなった時の御通夜は賑やかだった。おんずさんが亡くなった時なんて御通夜とは思えない。悲しいながらに宴会とおんなじような雰囲気であった。それもこれも順番というか、年齢的に天寿を全うしたといえばそうであるのでまだ納得がいく。

農作業のネコの手にもならないてんこちゃんを寛容に見て、義姉も盛岡からお手伝いに来るし義兄も田植えや稲刈りなど忙しい時はお手伝いに来てくれる。甥っ子や姪っ子も素直に育ってよく手伝いに来てくれる(おこずかいもあげるケド)。てんこちゃんが逆の立場ならイヤミの一言も言っているところだ。人間ができてるよなぁと思う。感謝!感謝デス。

てんこちゃんはくどいようだけど、アカの他人なので親戚付き合いも面倒といえばいえなくもない。これが、親戚のよしみで「借金の連帯保証人になって」とか言われたらちょっと距離を置こう等と思う。しかし、今のところ、親戚付き合いが面倒と思ったことはない。最近では忙しいてん夫よりも親戚中に顔を売っている。

今はおんばさんも元気だから、冠婚葬祭もおんばさんの言いつけに従っていればよいが、そのうちにそうもいかなくなるかもしれない・・・。それに、てん息の代になれば、又変わっていくかもしれない。等と考えつつ、てんこちゃんは地域の人や親戚の人たちにスケラレながら(助けられながら)農家の嫁として10数年やってこれますた。

亡くなったおじちゃんの御冥福をお祈りします。

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2007年3月27日 (火)

ポリシー

Neko_1 Tawa

今時分、ケータイ電話を持っていないお友達のほうが少ない。

おんばさんでさえ、ケータイ持つことになった。

おんばさんは朝起きてすぐに農作業に外に出て、うちで電話が鳴っても気づかない。夜おうちに入ると晩御飯をさらっと食べお風呂に入ってすぐ寝てしまう。ほとんど電話いらない。

しかし、おんばさんは必要なくてもおんばさんとお話したい人は電話しても繋がらないで困っている。おんばさんも、とうとうケータイがあったほうが便利と気がつき持つことになった。

おんばさんのケータイ番号を身内に知らせたのだが、さっそく義姉さんからおめでとうメールがきた。しかし、おんばさんはメールなんて知らないから、てん夫がチェックして返信した。

実はてんこちゃんもケータイ電話を持っているものの、もっぱら通話のみでメールはしない。写真も撮れる。しかし、写真も使わない。お友達に「よくメールしないで平気ですね。」なんて言われちゃったが、単に使い方知らないだけ。しかし、知ろうと思わない。メールをおぼえちゃったら、てんこちゃんなら、絶対いつでもどこでもダレといる時でもメールしちゃうと思うからメールは封印している。

今はパソコンメールで事足りている。

公衆電話もどんどん減っているから、やはり電話は必要なのだが、どーも、今わざわざケータイで話さなくてもヨイでしょう。というような電話もたまに来る。

一緒にいた人が、しきりとメールを気にして、ちょくちょくメールチェックしてる姿を見るのが不快なのだ。

目の前にいる人を無視してメールしていると、なんだかなぁと思うのは私だけ・・・。

でも、ケータイのデザインとストラップは結構気に入ってマスのだ

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2007年3月10日 (土)

新しいのも寂しい

Kousya_1

てん父が調子を崩し、てんこちゃんは又病院の送迎に駆り出された。ま、容態はたいしたことなかったので、すぐにおうちに帰れることになったが、その日姪っこの小学校の授業参観日だった。

てん妹はお仕事なので、てん母が行くことになっていたらしい。

てん父の看病はカンベンして欲しいてんこちゃんは、代わりに姪っ子の授業参観に行くことにした。

実はてんこちゃんの母校でもある。

てんこちゃんが小学生の頃は鉄筋コンクリートの立派な建物で新しい建物が自慢だった。マンモス校で、今にして思うと、かなりきちきちした中にいたものだ。

ま、小学生のてんこちゃんはこんなもんだろうと思って当時は気にも留めなかったが、今にして思うとクラスの人数も45人。6クラス。副担任なんてないから、先生もタイヘンだったと思う。

校舎も年月を経て、すっかり老朽化してしまい、気づいたらすごーく薄汚い小学校に変わり果てていた。

てんこちゃんが小学校卒業してから、同窓会なんて行われたことないし、行く機会も無かったが、数年前校舎を建て直すというハナシを耳にした。

そんなこと聞いたら、校舎がとっても懐かしくなり、これは新しくなる前に行かなければ、という気になった。音信があった同級生に声を掛け訪問することにした。かれこれ数年前のハナシである。学校も週休二日制になっちゃったから平日しか入れない。結局仲良し3人組で行くことになった。

最近は学校もセキュリティが厳しくて、同窓生といえども自由に出入り出来ない。

面倒だが、事前にアポを取って行くことになった。校長先生が出迎えてくれて、結構フレンドリーな校長先生だ。校長室で卒業アルバムを見た。当時の集合写真で、てんこちゃんは「この人ワタシ。」と説明したら、「随分変わっちゃたネ。」と言われた。(どういう意味だ!!)

てんこちゃんと同級生の子が今先生で勤務しているという。再会した訳だが、クラスが違ったので、そう言われればいたかも!という位の印象である。あまりにも人数が多すぎて忘れている。

自由に見学させてもらったが懐かしさが込み上げてきて感無量。水道の蛇口の形。トイレ。保健室の名札。教室の机。廊下にずらっと並んだコート掛け。中庭の池。古くはなっていたが、確かにこの場所でてんこちゃん達は6年間過ごしたと記憶がよみがえった。

「ナツカシイ!!」「ナツカシイ!!」と連呼しあいながら校舎内を散策した。

それから、数年が経ち、すっかり校舎は新しくなった。

姪っ子をダシにてんこちゃんは母校を再訪。

床はフーローリング。昔は鉄筋コンクリートが新しさの象徴だったが、今では木のぬくもり感を大切にしている。とっても快適空間。新しい校舎なので、余計に楽しく学校生活を送れそう。

しかし、中庭の池や飼育小屋もすっかり更地になっていた。もう昔の面影全くなくなっていた。

これも時代の流れダヨ。

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2006年12月 5日 (火)

考える

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てんこちゃんの地域のとあるスポーツ少年団が、全国大会に行くことになった。大々的に地方紙に載り、てんこちゃんのボランティア仲間の間でも話題になっていて、「親の負担はタイヘンだよね。」なんて話していたから、てんこちゃんも知った訳だが、あんまり、このことを知っている人は少ないようだった。

先日の小学校の収穫祭では、全国大会出場選手の親御さんが寄付金を集めていた。

実はてん夫もそのスポ少のOBらしく、寄付のお願いメールが来た。しかし、最近やたらと迷惑メールが多く、ウィルスに感染するのも嫌なので、あやしいメールは即刻削除していた。メールのタイトルが「お願い」しかも、アドレスも子供の名前を使っているのか、お姉さんの名前に見えなくもない。てん夫の友人が息子が出ることになったので、お願いメールしたようなのだが、肝心のお名前が無い。あいにくてん夫は大概不在のことが多いのでどこの誰だかわからない。

てんこちゃんも知っている子達も出るので、ぜひ頑張ってもらいたい。しかし、遠征費の他に、たぶん祝勝費など、親のビール代も寄付することになるんじゃないの。と、いじわるてんこちゃんは考える。

寄付するのはよいのであるが、いくら寄付したらよいのであるか。金額もまた考える。

たまたま、その時は持ち合わせが無く、あとで、ちゃんと寄付しようとは思っているのだが、「一口いくらでしょうと?」と聞いたら気持ちでよいという。そう言われると、かえって困る。よく、募金箱なんかだと、お財布にたまたまあった小銭○百円などを入れたりできる。直接渡すとなると、おつきあい上、やはり○千円位は寄付しないといけんかなぁと、思う。また、子供も知っているだけに頑張って欲しいから、いくらかでもお役に立てればとも思う。

高校野球など甲子園出場ものならOBに必ず寄付が来る。母校だと思うと、後輩の活躍にうれしく思いすんなりと集めやすいものだが、スポ少となると、直接自分の子に関係が有る訳じゃないよナ。と思わなくもない。理解を得てお金を集めるのも大変だ。

寄付で考えものなのは、日赤の寄付。既に、自治会費で前納されている。内訳には日赤出資金○円が含まれ、自治会費を払うとき一緒に納入なのだが、本来、寄付金は強制するものではないもの。日赤の場合、自治体に還元金みたいのが来るため、必ず全戸納入。しかし、日赤などは、バーンと立派な建物が建ち、そのオカネが我々の寄付金でまかなわれてるのかと思うと、釈然としない気持ちがある。ちゃんと使途がわかり、寄付したお金が有効に使われてさえいれば納得できるというもの。日赤の寄付金や、助け合い運動のお金を金額を決められて集金に来るのは納得できないとよく、新聞に投書が載る。

又、24時間テレビは長い歴史があるが、前々から胡散臭いものを感じていた。てんこちゃんが子供の頃からやっていたが、てんこちゃんは、お風呂カーをこれまで見たことがない。数年前に、てんこちゃんのおうちで、障害者施設の団体に貸し農園をして、施設の方々がやって来た。その時初めて、24時間テレビのマーク付の車でやって来たので、これってホントにあるんだ、としみじみ思った。実に20年目のことである。

てんこちゃんはケチな性格もあるが、ちゃんと為になることに使われさえすれば納得して喜んで寄付する。しかし、それが、会員の飲み食いなどに使われると思うと誰だって腹が立つ。

それに、前にも書いたが、家の都合で送り迎えが出来ない子はスポ少に入りたくても入れない。そういう子は中学校に入りレギュラーになれなくて悔しい思いをするという・・・でも、それはそれで、経験としてその子の人生にマイナスという訳ではないという考え方もある。教育の機会均等というけれど、東大の入学者数は親の年収に比例するというし、ちっとも均等ではない。

って、ハナシがあっちゃこっちゃになり、収集がつかなくなってきたので、今日はこのへんで。

試合の様子を撮った、微妙に違う写真。

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2006年11月17日 (金)

「いつも元気なんてウソ」

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っていう、カッコいいタイトルの連載を雑誌「クーヨン」で落合恵子さんがしていた。

てんこちゃんの気分も盛り下がり気味。てんこちゃんの一日はハチャメチャで、不規則生活してるので、余計に慌しく感じるのかもしれない。ハンで押したように毎日規則正しい生活が出来れば調子よく気分よく過ごせるかもしれないが、どうも無理。

図書館に予約していた本が入ったというので借りに行った。以前から気になったいた、リリー・フランキー著「東京タワー」てんこちゃんは、黒木瞳の不倫映画「東京タワー」の原作本だとばっかり思っていたが、全く違うらしい、感動的なお話と読んだ人はいう。盛岡市立図書館では予約待ち127人目という気が遠くなりそうな順番待ちである。そんなら買ったほうが早いと思うか、根性で待つか、というかんじなのだが、幸いてんこちゃんの地元図書館では2番目だったので、比較的早く読めるというもの。今度の土曜日にテレビドラマがあるので、それまでに急いで読むか、DVDにドラマを録画しておいて、じっくり読むか、微妙。

リリー・フランキーさんは、てんこちゃんとさほど歳が変わらないことを、略歴で知った。最近よくテレビに出ているようだが、一目でクリエイティブ系の風貌である。ルックスはけっしてカッコいいという訳ではないが、どこか惹かれる系である。

てんこちゃんはテレビで松田優作のことを熱く語っていたシリーズを見た時、リリーさんの手が男性にしてはとっても細くて繊細であるところが強く印象に残っている。いかにもエネルギーに満ち溢れている風でなく、気の抜けた感じが受けているのかもしれない。それでいて、結構核心ついた発言をしている。

名前だって、個性的だ。なかなか、普通の人なら名乗れない。しかし、あっているから赦せる。本名を知ったら落胆するかもしれない。

ちょっと前に、芳村真理という綺麗な女優さんがいたが、本名がヨネと知り、名前のイメージって大切だナと思ったものだ。

図書館で常日頃お世話になっている、Kさんと少しオハナシしたが、Kさんもなんだかお疲れ気味だった。「なにか、元気になるよーなことない?」って聞かれたが、てんこちゃんも元気ハツラツって気分じゃないので、「無理に盛り上がろうとせず、このままの気分でいるのはどう?」とお互いなぐさめあった。Kさんもお仕事のストレスをかかえているようだ。

しかし、クヨクヨする時間はもったいない気がするので、クヨクヨ時間があったら、なにか生産的なことをしようと思う、結構前向きなてんこちゃんであった。

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